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2019.09.27

ブログ

立志社の町家に宿泊して楽しむ新選組の京都 Part12

こんにちは、risshishaですsmiley

もう9月も終わりらしいです…
今月もたくさんのお客様にお越し頂きありがとうございますyes
過ごしやすい季節になった一方で台風や豪雨など少し天候が恵まれない日が多かったですねcrying
それでも口コミなどでお褒めの言葉を頂きスタッフ一同嬉しく拝見させていただいておりますheart
まだまだ発展途上な弊社ですので、温かいお言葉からご意見などなんでもお客様からの声をお待ちしております!


さて今週は「近江屋跡」のご紹介です!!!

慶応3年11月15日(1867年12月10日)の夜、坂本龍馬と中岡慎太郎は醤油商・近江屋の2階で火鉢を囲んでいた。寺田屋襲撃事件から2年近く、幕府の敵として命をねらわれていた龍馬は、海援隊本部のあった酢屋からこの近江屋に移ったばかりだった。この日は風邪気味で、慎太郎とともに暖かい軍鶏鍋(しゃもなべ)を食べたいと思い、小者の峰吉を使いにやらせていた。峰吉が鶏を買いに出た間に、数人の男が押し入って階上に上がり、防戦する暇を与えずに龍馬の額を一刀で断ち割ったという。

いきなり致命傷を受けた龍馬はほとんど抵抗もできずにその場で絶命。2日後に死んだ中岡慎太郎の口から現場の様子が語られたが、結局真犯人は不明のままである。当時はもっぱら新選組が手を下したと見られていた。のち、戊辰戦争が終結したときに、官軍が新選組の大石鍬次郎を尋問して得られた供述によると、京都見廻組の佐々木只三郎(ささきたださぶろう)、今井信郎(いまいのぶお)らが実行犯であったという。ただしその裏には、大政奉還によって徳川武力討伐のきっかけを奪われた薩摩藩、もしくは「いろは丸事件」で海援隊に7万両の償金を払わされた紀州藩による策謀があったという説もある。

ということらしいですcool(いつも引用ですみません…勉強します)(幕末トラベラーズ様より引用http://www.japanserve.com/bakumatsu/spt-kyoto-1-ohmiya.html
もともと坂本龍馬好きで勉強してたのですが、知識は衰えますね…


繁華街の中に急に現れるのでよく目を凝らして歩いてみてくださいwink

住所:〒604-8033 京都府京都市中京区塩屋町 河原町通蛸薬師下ル塩屋町(五条フロントからバスで20分、もしくは電車で20分)
https://www.google.co.jp/maps/dir/〒600-8375 京都府京都市下京区下長福寺町279/〒604-8033 京都府京都市中京区 河原町通蛸薬師下ル塩屋町 近江屋跡/@35.0010411,135.7544324,16z/data=!3m1!4b1!4m14!4m13!1m5!1m1!1s0x600106213fff28f7:0x46d6c9fd00c18001!2m2!1d135.7484893!2d34.9965904!1m5!1m1!1s0x600108948c01de71:0x4ff32a66821d0c2b!2m2!1d135.7690944!2d35.0055962!3e2?hl=ja

ぜひ見てみてはいかがでしょうか。
ではでは…!


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