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2024.02.03

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2月の京都は賑やか尽くし

こんにちは、今回の担当は今津です。

京都の2月3日は、八坂神社をはじめとする市内各所の神社仏閣で、「節分祭」、「節分会」、「鬼やらい神事」、
「追儺式(ついなしき)」などいろいろな名前で節分の行事が、多くの人を集めて賑々しく行われています。
特に、室町時代からの歴史を有する吉田神社では、毎年、2月2日、3日、4日にかけて催行されます。
2日は夜9時迄、3日は深夜まで。その数50万人以上の人が参拝に訪れ、これを約800店の露店が迎えて行われます。
「聖護院八ッ橋総本店」、「井筒八ッ橋本舗」、お蕎麦の「河道屋」、お酒の「丹山」などの老舗が軒を連ね、
老舗のオーナーの方々も夜遅くまで残ってお客様を迎えています。この情景は、京都ならではですね~

この日は、ご家庭でも、「鬼は外!福は内!」と盛大に豆を撒かれましたか?
キャッキャといって、豆をぶつける人。こっそりと自分の年齢の分だけ豆を食べる人。いろんな人がいらっしゃいますね。
神社では、今年に年男・年女となる方々に本殿・舞殿に登壇いただき、豆をまくという情景がもう一般的となりましたね。

そもそも、「節分」の日というのは、一年の始まりとされる「立春」の1日前に、
新年を迎えるにあたり邪気を払い、1年間の無病息災を祈る行事として、
平安時代に宮中で、大晦日(おおみそか)の日に、追難(ついな)という行事が行われていた日でした。
これは、陰陽師が来て、厄や災難を祓い清める儀式。宮中では、次第に衰退したようですが、
逆に、庶民の間で、豆を撒いて鬼を払い、無病息災を祈る、今日の「節分」という行事になったようです。

 

昨年も人気だった「祇園ひょっとこ踊り」(安田格カメラマン撮影)
昨年も人気だった「祇園ひょっとこ踊り」(安田格カメラマン撮影)
2016年に祇園白川通リを行く一行
2016年に祇園白川通リを行く一行
2016年には、祇園のお茶屋さんでも別格の、「一力亭(いちりきてい)」の暖簾を潜る。「祇園ひょっとこ踊り」の連中が、地域に認められた瞬間といえるかもしれませんね。
2016年には、祇園のお茶屋さんでも別格の、「一力亭(いちりきてい)」の暖簾を潜る。「祇園ひょっとこ踊り」の連中が、地域に認められた瞬間といえるかもしれませんね。

「花街での節分お化け」
京都では、江戸時代からはじまったようですが、節分の日の夜に変装して、いつもとは違った格好で神社仏閣を参拝したそうです。
その理由は、鬼をやり過ごすためとか?現在の常識でよく考えると、危ない人のような感じもしますが、
そこは顔見知りの犯行(?)でもあり、地域の皆さんの受け止め方も、おおらかだったんですね~

 
花街では現在も、芸舞妓さんが、何組かお客様からの応援も受けて、
その年の各自のテーマや役に扮した本格的な衣裳と格好で、
3人一組でお茶屋のお座敷を周ります。各お座敷では、金一封とお酒でもてなされます。
 
祇園町では、この芸舞妓さんの一行とは別に、
近年「ひょっとこ踊りの一行」が賑々しく祇園界隈を周っているのを目にすることができます。
軽快な篠笛の旋律にのせて、それぞれに独特なひょっとこ踊りを披露されています。

八坂神社西楼門石段下の「いづ重」さんの「恵方巻の懸け紙」。この年はコロナ禍にかけた秀逸な歌が並んだ。
八坂神社西楼門石段下の「いづ重」さんの「恵方巻の懸け紙」。この年はコロナ禍にかけた秀逸な歌が並んだ。
懸け紙には、今年の恵方(えほう)、吉方位も書かれている。
懸け紙には、今年の恵方(えほう)、吉方位も書かれている。
今年の懸け紙は、辰歳にかけて、ついに関東方面まで話が及んでいる。
今年の懸け紙は、辰歳にかけて、ついに関東方面まで話が及んでいる。

お泊りのお客様のお話によると、最近では、東京でも「恵方巻」がスーパーやコンビニでも
並んでいるそうですから、「恵方巻」のことを、ご存じの方も多いのかもしれませんね。
棒状の巻物のお寿司を、今年の恵方(吉方位)に向かって、
今年の願いを込めて一本丸々食べるというものです。
以前は、関西に来ないと、その時期でも売っていなかったものが、
いつの間にか全国区になっていてびっくりです。笑

昭和5年に大阪で料亭の「吉兆」を創業した湯木貞一さんは、
年賀状の代わりに、立春を迎えた2月4日に、葉書の上半分くらいに大きく描かれた、
赤く丸い太陽の絵の上に、縦に墨文字だったか金泥だったか、
「立春大吉」と書かれたものを、送られていました。
以前、東京で出版社にいた時に、雑誌の対談の企画でお世話になったその翌年、この葉書をいただいた時には、
何とも縁起のいいものをいただいたような気がして、とても嬉しかったことを覚えています。

「立春」
二十四節気における「立春」は、1年の始まりとされますが、今年も「立春」は2月4日。
同じ新年の始まりなのに、今年の「旧正月」(春節)は2月10日と日にちが異なるのは、
「旧正月」が月(太陰)の満ち欠けを基準とした「旧暦」(太陰暦)の1月1日に対して、
「立春」は、太陽の黄道上の動きを基準に決められる二十四節気での「春の始まりの起点」、
(太陽暦)という全く異なる考え方から捉えているからだそうです。
 

伏見稲荷大社は、全国に約4万社ある稲荷神社の総本社。
その伏見稲荷大社は、親しみを込めて「お稲荷さん」
と呼ばれていますが、「稲」の字が示すように、
五穀豊穣の神、農業神でした。

その昔、天候不順で穀物の稔りの悪い年が続き、
稲荷山に神様を祀ったところ、天候が回復して、
五穀豊穣となったご利益で、周辺の国が栄たそうです。
その噂が全国に広がって、各地に勧請されたという説も。

それにしても、勧請された地域の特徴に合わせて、
商売繁盛の神、家内安全の屋敷の神と柔軟に変化して、
お稲荷さんは、ずいぶん心の広い神様ですね。

こうして、信仰する者の希望に応じて、
いろいろなものを引き受けてくださるのが、
人気の秘訣かもしれませんね。

写真は、
インスタ映えして、外国人からの
伏見稲荷大社人気を決定的にした
「千本鳥居」。

伏見稲荷大社の斎館。その右隣が知る人ぞ知る磐座(いわくら)のあるところ。
伏見稲荷大社の斎館。その右隣が知る人ぞ知る磐座(いわくら)のあるところ。
知る人ぞ知る場所。この鳥居の左隣の磐座に神が宿るとされ、知る人は最後にここでお祈りをする、と言われています。
知る人ぞ知る場所。この鳥居の左隣の磐座に神が宿るとされ、知る人は最後にここでお祈りをする、と言われています。
伏見稲荷大社本殿前。この日は節分祭の直前でした。
伏見稲荷大社本殿前。この日は節分祭の直前でした。

「初午の日」は、
和銅4年(711年)2月の最初の午の日に、稲荷大神様が稲荷山の三ヶ峰に鎮座した、
ということにちなむ「初午大祭」が、伏見稲荷大社にて開催されています。。
(昨年の初午の日は、2月6日。10年前の2014年の初午の日は立春と同じ2月4日でした。)

この時期には、赤いのぼりが立ち、赤飯や「いなり寿司」、「初午団子」が売られて、
一段と賑わいを増しています。

「いなり寿司」は、
稲荷神のおかげでもたらされたお米(酢飯)を、お稲荷さんの眷属(けんぞく:神様の使い)
といわれるキツネの好物である、お揚げさんに詰めて、奉納した事にに由来しています。
東日本では、「いなり寿司」。米俵に見立てた俵型。
西日本では、「お稲荷さん」。キツネの耳に見立てた三角形。
そういわれてみると、形が違っていたんですね。

「初午団子」は、
初午の日には蚕(かいこ)の神様を祭る行事も行われていたので、
繭(まゆ)の形をした白いお団子をお供えしたことに由来するそうです。

近年では、特に外国人観光客の皆さんから人気NO1の伏見稲荷大社です。

今年も2月は、賑やか尽くしの京都です。
1年の厄落としと無病息災、商売繁盛のご利益をいただきに、来てみてはいかがでしょう。

 

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